冬を迎える人魚

 初めに、私は美しい人魚の話をしたいと願っている。
 けれど私の言葉ではあまりに拙く、どうあがいたってあの美しいものを言い表すことができない。そのことを、許してほしい。

***

 昔、私が住んでいた街の近くにあった、とある水族館で“人魚が展示された”とネットでニュースになったことがある。

 「人魚がやってきた!」と可愛らしいポップの書かれたその紹介記事には、金色の美しい髪をした人魚のシルエットが載せられていた。スタッフさんのコスプレによる、イベントかなにかかと思ったが、どうやら本物らしい。

 隣国の可愛い動物がやって来たときだって、テレビではしばしばニュースになる。だから人魚なんてものはもっと、皆がその話で持ちきりってくらい、噂になるのかと思っていた。しかし、そのニュースを周りに見せても「へぇ、見に行くの?」なんて、何でもないことのように返されてしまった。その人が人魚を信じていないのか、それとも世界に人魚なんて当たり前で、私だけが知らなかったのかは、わからないが。

 ニュースを見たときはとにかく、頭の中で色んな考えがぐるぐると渦を巻いた。小さい頃に一度か二度行ったことがある程度の、ささやかな地元の水族館のことだ。きっと、人がごった返しになっているだろう、とか。そもそももっと都会の、大きな水族館なんかで飼われる方がいいんじゃないかとか、そういえば人魚に「飼う」という表現は不適切なんだろうか、とか。
 でも、同僚の反応を見る限り、実際はそこまで大したことでもなかったのかもしれない。

 生まれてこの方、私はずっと人魚に憧れていた、とかいうわけではない。人魚に会えることを願っていたとか、そんな運命的なものは一切ない。にもかかわらず、私はその思い入れもない水族館に、是が非でも行かなければと駆り立てられた。気がつけば私は、弾かれるようにその水族館へ行く支度を始めていた。有休を取って、電車の時間を念入りに調べ、ようやく人魚に会いに行けたその日はやはり、子どもの頃の思い出よりは人で賑わっていた。

 思い出の中よりずっと簡素な造りの水族館は、ところどころ床や壁が剥がれていたり、汚れていたりと、随分くたびれた印象だった。人魚のおかげで客が増えれば、この辺りは改善されるのだろうか。
 小魚の入った、ガラスが曇り気味の水槽と、それ以外の何かしらを半々に見ていく。本当は一刻も早く、人魚がいるという水槽の方へ行きたかった。けれどなんとなく、その辺にいる同じく人魚目当ての客と一緒にされたくなくて、事も無げに時間をかけてどうでもいいところを見て回った。

 ようやくたどり着いたお目当てのエリア前には、今日見かけた客のほとんど全員がいるのではないか、と思うほどの人だかりが出来ていた。海中トンネルのような造りのその水槽は思い出の中で唯一、比較的鮮明だったつもりだが、曇りのない妙に綺麗な水槽と真新しい通路のせいであまりピンとくるものではなかった。

 トンネルの真新しい廊下は左右に分かれ、波打つように互い違いに上下している。後ろを振り返ると人だかりは、眼下か頭上のどちらかになるように造られていた。おかげでトンネルのどちらを見ても、水槽の様子がよく見える。子どもの頃は、この不思議な形の通路に魚そっちのけではしゃいでいた。大きな水槽の中に何を見たかなんて、覚えていない。今になって、エイなんかが泳いでいたんだと気づく程度だ。

 そんな波打つ雑踏の奥、人の波をかき分けるように優雅に泳いでいたのは、秋色の人魚だった。

 例のシルエット通りのたゆたう金の髪は、水面近くで泳ぐと光に照らされ、銀杏並木を通り抜けたときの木漏れ日を思わせる。上半身も鱗で覆われており、童話にあるような空想の人魚とはまた違った印象を受けた。何より近くを泳いだときに見えた、首筋にびっしりとあるエラが、それが人ならざるものなのだと私たちに知らしめる。

 強烈なのが腕から脇腹に広がるヒレで、腕を開くとエイのような動きでヒラヒラと揺れた。人が平泳ぎをするときのような動きでその人魚が泳ぐと、その真っ赤なヒレがぱっと花開いて、山に色づく秋そのもののように見えるのだ。海色の水槽の中で、真っ赤な紅葉を思わせるそのヒレは、少々気の早い秋そのもののようだった。

「すごーい、綺麗ー」
「そう?なんだか怖くない?」
「えー本物なのー?」
「息継ぎしてないじゃん」

 後ろから聞こえる人魚への品評の声を疎ましく思いつつ、私は食い入るように人魚の泳ぐ様を眺めていた。上へ、下へ、後ろへ、前へ。
 綺麗だなんだと似たような感想があちらこちらで囁かれる度、自分の中の感想と混ざる気がして、私はきゅっと唇を引き締め言葉を飲み込んだ。美しさに目が離せない、というよりは、それを見続けることで私は、何か特別な存在にでもなった気でいたのだ。

 けれど、目の前に幻想的なものがあるからといって、そんなものになれるはずもない。それでも、私はただの惰性でその水族館に通い続けた。

 日が経つにつれてだんだんと人の足は遠のいた。そんな一時の流行で食いついていたであろう人たちを軽蔑したり、いつまでも古めかしいままの内装をこんなものかと横目に見ながら、私は必死で人魚を追いかけていた。何のために、と問われれば、自分でもよくわからない。

 それから、どこの水族館もそうなのかもしれないが、ここもまた海に近い立地をしていた。
 私は水族館の人魚を眺めるだけに飽き足らず、近くの海まで歩いて行ったりもした。行けばあの秋色の生い立ちとか、ちょっとでもあの人魚にまつわる何かがわかるかもしれないとか、飽きもせず運命じみたものを夢見ていたのだと思う。あるいは、何かに熱中する自分に酔いしれ、演じていたかだ。

 船のない桟橋まで歩いて行くと、足元に灰色の人魚がいるのが見えた。メダカのような人魚がぴちぴちと、波とコンクリートの間で跳ねている。遊んでいるのか波に遊ばれているのか、きゃいきゃいと小さな声がした。人魚というのは割とありふれているんだと、人にニュースを見せたときのような拍子抜けした気持ちを思い出していた。
 それでも、あの鮮やかな紅色だけは特別なのだという変な高揚感を胸に隠し、ぎゃいぎゃいとやかましいそれらに声をかける。

「何してるの、遊んでるの?」
「そう。あの子を待つついでにね」
「あの子って、あの秋色の人魚のこと?」
「そう。あの子は私たちの秋だから、還ってこなければいけないの」

 ああ、やっぱり。
 あの子は海に帰るべきなのだと、どこか私は知っている風な顔をした。

 その場に腰掛け、足の隙間から見上げる灰色人魚たちと話を続ける。聞けば素直に答えてくれる反面、それらの答えは人魚独自のルールというか、奇妙な言葉選びをするものだから少々理解に苦しんだ。まだ心のどこかで、人魚の出てくる物語の主人公でありたかった私は、必死にその会話に食らいつこうとする。

「ねえ、人魚って本当に不老不死なの?」
「それは深海の人魚のことね。あの子たちは時を刻むものと一緒に、暮らしてはいないから」
「秋色の人魚が、海に帰らなきゃいけないのはどうして?」
「あの子は秋そのもの。秋を連れてきたならば、秋を終わらせるのもあの子の役目だから」

 どうやら人魚の中では、秋というものは誰かが連れてくるもの、という認識らしい。そんなことがあるはずない、秋は時が来れば自然と終わり、秋が終わればまた自然と冬になるものだと教えてやっても、灰色人魚はぎゃい、と笑って返事をしなかった。

「あの子は秋。秋は冬を迎えるもの」
「ひんやりと冷たい海の中で、春を恋しがる季節を呼ばなきゃいけない」
「それが、あの子の役目だから」

 役目、役目、と耳障りな声で、大きめの波がざぷんとそれらを飲み込むまで繰り返した。言っていることが理解できず、私は黙ってそれを見つめる。じゃあその冬も、春を呼ぶためだけに生まれて来るのだろうか。その後に生まれる春も、夏も。
 それも聞いてやろうと思ったが、次の瞬間、声は波に飲まれた。かと思えば灰色の小魚たちは姿を消し、どこにも見えなくなってしまった。目をこらしてじっと水面を見下ろしても、もう何処にも見当たらない。

 私は水族館を振り返り、あの秋色の人魚に思いを馳せた。あの灰色人魚たちと同じように、秋の役目とやらを果たさなければと考えているのではないだろうか。そう思って、私は水族館へと戻ってみる。

 すっかり常連になっていた私は、スタッフさんに先ほど見た、灰色人魚のことを知らせた。信じてもらえないかもしれない、写真でも撮っておけばよかったかと後悔したが、そのスタッフさんも実は同じものを見ていたらしく、まだ近くにいるかもしれないと、網を持って探しに行ってしまった。
 閉館時間を過ぎていたが、常連の私ならスタッフが戻るまでいてもいいと、田舎ならではの寛容さで私は水族館に残ることになった。

 秋色の人魚と、二人きりでだ。

 逸る気持ちで足早に、私はあのトンネルへと向かう。入り口の手前で足を止め、初めて来たときのようにゆっくりと足を踏み入れた。照明はあるが、開館時間の昼間とはまた違った景色をゆっくりと眺めながら、あの人魚を探す。私の足音に気づいてか、何の雑音もない空間に、あの紅葉は現れた。

 偶然とはいえ、この水族館の人魚を独り占めできてしまったことに、私はこの上ない喜びを感じていた。秋色の人魚の方も、こんな遅い時間に一人だけ客がいることが不思議なのか、私の元へと泳いでくる。そうして水槽のガラス越しに、私たちは手を重ねた。それだけで、私は物語の主人公だった。魔法使いになったわけでも、人魚に見初められたわけでもないけれど、それでよかった。

「……秋色の人魚さん。あなたが秋の役目を持っているのは本当?」
「それ、どこで聞いたの?……そうだよ」
「役目を果たすって、どんな風に?」

 あなたを待ちわびている人魚がいた、とは教えず、私はさっき聞きそびれた質問をぶつける。もし本当に人魚が役目をもっていて、この季節を巡らせているのなら美しい話だ。何か幻想的なものが見られるのでは、それが私だけの特権であればと、少し胸が高鳴っていたのは事実。けれど本人から聞いたその「お役目」の話に、そうも言ってられなくなる。私は、冬を迎えるつもりだと答える美しい秋に、小さく首を横に振った。

「地上の秋にも、私と似たものがあるでしょう。あれと同じように」
「紅葉のこと?」
「そう。はらはらと散るように、私のこの鱗を、波の上に乗せて流す。髪を、ヒレを、全てを。遠く遠くへ、運ばれて。そのうちに、消えていく」

 言葉のままに想像して、私はぞっとした。舞い落ちる紅葉のように、この秋はその身を散らして海に還ろうというのだから。それも、よりにもよって、冬を呼ぶためだなんて。

「冬なんて、時が来ればいずれやってくるんだから。どうか、死なないで」

 そう私は願ったが、秋色の人魚は小さくぎゃい、と笑うだけだった。
 海で冬を迎えるためにも、海へ戻りたいと人魚は言う。今なら、スタッフもいないと伝えることはできる。けれど、どうしてもそれは憚られた。せめて生きていると約束してくれるのなら、逃げるのを手伝ってもいい。

 この水族館でその美しさを湛えて、生きていてほしい。それが私の本当の願いだった。けれどそれも叶わないのならと、譲歩した申し出のつもりだった。人魚は小さく首を横に振る。私は主人公でもないので、その望みは叶えられない。

「そんなことより、もしもあなたが冬に会えたら。私の代わりに、ごめんなさいって、伝えてくれないかな」

 どうやらこの秋色の人魚には、謝りたい冬があるらしい。
 そのためだけに冬を迎えたいのだろうか。何を謝るのだろう?何かしでかしてしまったのだろうか。理由を聞く前に、人魚は水槽の底の方へとゆっくり沈んでいってしまった。眠ってしまったのだろうか。

「……謝りたくても、そうしない方がいいことだってあるのよ」

 沈んでいく紅葉色を見送って、私は溢れた涙もそのままに、スタッフさんと入れ違いに水族館を後にする。あの人魚には命を賭してまで、そうまでして迎えたい冬があるのだ。そうまでして、あの秋は私の嫌いな冬を迎えたいのだ。どうして、とすら聞けないまま。

 外に出ると、涙がひやりと冷えるような風が吹いていた。少し前まで気の早い秋だと、あの美しい鱗を眺めていたはずなのに。無意識にタイムリミットを感じて、思わず眉間に皺が寄る。

「冬なんて、来なくて良いのに」

 思い出さなくてよかったはずの、イヤな思い出が冷たい風にのって吹き荒ぶ。
 中学生の頃だったろうか。友だちとふざけて遊んでいたときに、私はその子の大事なものを壊してしまったことがある。真っ赤で丸いだけの、シンプルなキーホルダーだったと思う。薄っぺらくて、おまけに壊れやすいものだったようで、ぱきっと小さな音を立てたときには私も友だちも「あ」というマヌケな声しか出せなかった。

 幼稚だった私は情けなくも、すぐに謝ることができなかった。あろうことか、そんなに大事なら毎日学校に持ってきたりせず、家に置いておけば良かったのにと、彼女を貶すような言い訳ばかり繰り返していた。周りが私を宥めるのをいいことに、自分は悪くないと開き直って。

「謝ってよ、あなたが壊したんだから」

 そうして自分の心を守っていたら、数日経ってから彼女にそう言われた。周りにもなだめすかすように促され、私は渋々頭を下げる。うん、と私に対して短い返事をして以来、彼女は私と口を利いてくれなくなってしまったが。

 謝ってと言うから謝ったのに、私は許してはもらえなかった。こうなれば私は鬱憤を晴らすように、周りに散々な愚痴を溢し続けるほかない。大人になった今なら恥の上塗りだと分かるが、当時は「謝ったのに許さないなんて」と、被害者のような面で私は振る舞っていた。
 私を宥める子たちも、許さない方が性格が悪いと言い始め、挙げ句彼女が蔑まれるようにまでなってしまった。

 情けなくも私は、彼女がいじめられるのを見て「許してくれたら、仲直りしてあげるのに」と考えていた。それを、まるで菩薩のような慈愛の持ち主だと自惚れていたのだ。彼女は意地を張っており、今更自分から言いだしたり出来ないのだろう。そう勘違いし、私は彼女を許してあげようと本気で考えていたのだ。

 頑な彼女と、私だけは友だちでいてあげよう。
 なんて寛大な心だと、私は自分で自分を褒めていた。だから何の躊躇いもなく「いじめられるの嫌でしょ?」とこっそり彼女に声をかけた。優しい微笑みを向けて、情けをかけてあげたつもりでいた。「今なら、謝ってくれてありがとう、でいいんだよ」と続けた。
 彼女は少しだけ驚いた顔をしてから、私を見てすっと目を細めて、冷たくこう言った。

「何言ってるの?」
「え?」
「謝って済むことじゃないでしょう?そういうことを、あなたは私にしたんだよ。あなたにとってはその程度のことなんだね。でも、私にとってあれは謝って終わるようなことじゃないの」
「で、でも、謝ってって言ったのはそっちじゃない」
「そうだね。謝って済むことじゃなかったけど、謝ってもらった。それは、あなたが謝りもしないままで、このことを終わらされたくなかったからだよ」

 わかるかな?と首を傾げて馬鹿にするような言い方をされたので「もういい!」と私は彼女を突き放して逃げた。教室を飛び出し、耳まで真っ赤にしながら、理解も出来ない感情に耐えられず走っていた。意味も分からなかったくせに私は、酷く恥ずかしい思いをさせられた、彼女のせいだと泣きながら家へと逃げ込んだのだった。

 ……結局。秋の終わる頃に私が怒らせた彼女は、冬の終わり頃に転校してしまった。
 思い出す度に顔から火が出そうなほど苦しかった思い出は、いつしか大人になるにつれて反省点ばかりが露見し、違う意味で恥ずかしいものとなっていった。まともに謝罪も出来なかったことを、何度も後悔した。

 大人になって、心から反省したつもりで職場の同僚にこの話をすると「謝りたいのは罪悪感からでしょ、自分のためでしかない」と止められてしまった。昔の友人に連絡先でも聞こうかと思っていた矢先だったので、更に恥をさらすことになりかねないと、思い出す度に彼の意見に従うことにしている。

 もう絶対に会えないし、本心からの謝罪もできない。あのとき仮にでも、謝る機会があって良かったと今なら思う。それでも、心に苦しいものがもたれかかっていて、時々、今も息が苦しくなった。

「……秋色の人魚は、何を謝るんだろう」

 なんとなく、その日以来私は水族館に通うのを止めてしまった。

 通わなくなっているうちに、秋の人魚は海へ帰ったのか、公開中止になって会えなくなったとまたニュースになっていた。
 ようやくそれに気づいたとき、念のためにと訪れてはみたが、例のトンネルは入り口が分厚い布で覆われていた。冷房を過剰に効かせているのか、館内はひどく寒かった。人魚も見られなくなって、人がほとんどいないせいだと思う。

 帰ろうとしたそのとき、あの日灰色人魚を探しに行ったスタッフさんが、私を見つけて声をかけてくれた。灰色人魚は結局、スタッフさんが行ったときにはもういなかったらしい。残念そうに笑ってそう教えてくれた。ついで、とばかりに彼女は私にあるものをくれた。
 鮮やかな赤い色をした、あの人魚の鱗だった。丸くて薄っぺらいそこに穴を開け、キーホルダーのようになっている。

「え、あ、え……?これ、は……」
「うん。あの子の鱗だよ。水槽にそれだけが残っていてね。他の人には内緒だよ?」

 震える手でそれを受け取り、私は頭を下げて建物を後にする。あの秋色人魚がどうなったかは教えてくれなかったが、私にはわかった。館内が異様に寒かったのも、あの子のせいなのだ。道理でここが外より寒いわけだ。
 水族館から出ると、生ぬるい風が吹いていた。紅葉のタイミングを逃したのか、葉はまだまばらな黄色と緑ばかりだ。気が早いと思っていた秋は、終えるのもずっと早かったらしい。

 消えてからでも海へ還ることは出来たのだろうか。冬がちゃんとくれば、その証明になるのだろうか。

 水族館はそのうちに、休館状態になっていた。人魚がいなくなった今、客足も遠のいたからだと誰かが噂した。そのまま閉館してしまうのだろうと、私も思っていた。
 あの人魚が迎えたらしい、寒い寒い冬がようやく終わりに近づいた頃に、再開の目処が立ったとニュースになっていた。田舎の小さな水族館がニュースになった理由は、再開と同時に新しい人魚をお披露目すると明かしたからだ。

「あの灰色人魚でも見つけたんだろうか」

 そう思って、あの日聞けなかった質問の答え合わせでもしようかと、私は久しぶりにその水族館を訪れた。あのうねる海底トンネルの真ん中あたりで、私はまた人魚を食い入るように見つめる。

 人生で出会った二人目の美しい人魚は、透き通るような青白い鱗をもった人魚だった。冬色の人魚、と誰かが呼んだ。これが彼女の謝りたかった冬だ、と私は直感する。

 伝えなきゃ。
 そう思って水槽に近づいたのに、声が出なくなる。人魚は何も言わなかった。鞄につけた赤いキーホルダーを見てから、軽蔑するような目で私を見下ろしていた。あの秋色人魚のお役目が、今更真実かどうかはわからない。けれど、冬のその冷たい眼差しが、あの頃の幼くて馬鹿な私を睨んでいる気がしてならなかった。



ーーー「冬を迎える人魚」 しいらりんさまより