私は人魚、この広い海の中、同胞を見かけたことはない。一人で寂しく朽ちていくだけ、だけど、カモメさんには何時も話を聞いて貰ってる。
「あのね、カモメさん、友達ってどんなものなのかな」
カモメは黙っていつも人魚の話を聞いていた。何故なら人魚は話してる最中いつもカモメに小魚をくれるからだ。
「私はイルカのお父さんとお母さんに感謝してる。海はキレイなもので溢れているし、お日様が昇ったり、暮れたりするだけでキラキラと輝く水面には毎日感動させられてばかり……。でもね、イルカと私は違うの、お父さんやお母さんと私は似ても似つかない。イルカの言葉を話せても、私にはイルカの友達はできなかった。このヘンテコな見かけが原因で」
そういうと人魚は自分の頭を手探りで触った。まあるいお月さまみたいな平たい顔に、小さく、二つの目、一つの鼻と口が付いている。それは陸に住んでいる、人間という生物と同じものだった。一方で足先は人間とは異なり、イルカと同じツルツルのヒレがついている。二股に分かれているそれは間違いなくイルカの尾ひれだった。
「イルカでも人間でもない私は何なのかしら、この世に存在していいのかもわからない、私はこの姿を好きになれないし醜く思うの」
カモメは小魚を食べ終わるとしばらく人魚を見てこういった。
「私たちカモメは嘴の尖り具合だったり、毛並みなどで、美醜を決めるけど人魚はどうなんだろうね、半分人間なのだから人間にいっそのこと自分が美しいか聞いてみたらどうだい?」
「でも、もし、捕まってしまったら?」
「その時はその時さ、海の中に仲間はいなかったのだろ? 陸ならもしかしたら見つかるかもしれないよ、それじゃ僕はもう行くよ、またね」
カモメはそういうと、人魚の元を立ち去ってしまった。
一人残された人魚は肩を竦めた。
「ああ、そうだわ、良いことを思いついた」
人魚は足元にあった海藻をかき集めると、自身の尾ひれをすっぽりと覆うスカートを作った。
「これで泳いでる人間にみえるわ、そっと近づいて話しかけてみようかしら」
人魚は岩陰からそっと人間の様子を伺ってみた。
「きみ、何してるのそんなとこで?」
すると、岩影の向こうから人間が話しかけてきた。近づいては来ないようだった。
人魚は思い切って岩陰から顔を覗かせた。
人間はどうやら座っているようだった。よく見ると、自分と同じように足先が異なる形をしている。服越しではよくみえないが、太ももから下が無いように見えた。
「あなたも人魚なの?」
人魚は事前に耳を澄ませて学んでいた。人間の言葉で彼に問いかけた。
「何を馬鹿なことを言ってるんだい。人魚なんているわけ無いじゃないか、僕はこの通り、生まれつき、足が欠けてるんだ、この足のせいで何処へも行けやしないから、こうやって毎日海を眺めてるんだよ」
「海を眺めてると楽しいの?」
「楽しいというよりは暇つぶしさ、水面を見ながら、自分が魚になってこの広大な海の中を旅することを想像するんだ」
「そうなんだね、あのね、一つ聞きたいのだけど、私って綺麗?」
少年は岩陰にいる少女をじっと見つめた。太陽に照らされて真珠のように光輝く肌に深海を思わせる碧い瞳、真っ白な絹のようなツヤのある白髪、控えめな唇は熟れた果実のように色付いている。
少年はしばらく息を止めて魅入っていた。
「……そうだね、とても美しいと思うよ、ところでなんで裸なんだい? コレを羽織りなよ」
少年は自身のシャツを脱ぎ捨てると、人魚に向かって投げた。
人魚は恐る恐るそれを羽織ると、再び少年の体を見た。自分の身体とは全然違う、筋肉のつき方に息を呑む。海の中で見かけるどの生き物よりも美しく均等が取れた身体に思えた。
「あなたも美しいわね、」
「そんなことないさ、今は服で隠れて見えないけど、この欠けた半身のせいで僕はとても醜いんだ」
「そんなことないわ!私だって……!」
人魚は私だって醜いと自分の尾ヒレを掲げて言いたくなったが、ぐっと我慢した。
「そうだわ、あなた私のお友達になってくれない?そうしたら、貴方の夢を叶えてあげるわ」
人魚がそう言うと少年は怒ったように顔を赤くした。
「僕の夢は魚になって、この海を旅することなんだ。誰も叶えられやしないよ、もう放っておいてくれないか」
「叶えられるわ!」
人魚は自身の半身を覆っていた。海藻を取り払うとイルカと同じ形の自身の尾鰭を掲げて見せた。
「……君は……え? 本当に人魚なのかい?」
「そうよ、私の背に掴まれば何処へだって行けるわ!泳ぎ方だって教えるし、海はすっごく広くて美しいの一緒に見に行きましょう。だから、私の友達になってくれない?」
「……本当に良いのかい?僕は途中で溺れてしまうかもしれないよ」
「溺れないわよ、私もイルカ達だってついている」
「なら、そっちへ行ってもいいかい?もちろん友達になろう」
そう言うと、少年は自身のズボンを脱ぎ捨て、人魚のもとへ、這っていった。陸ではこうして這うことしかできない、でも海の中でなら違うかもしれないという期待を込めて……。人魚も少年からもらったシャツを脱ぎ捨て、少年に近寄った。
「肩に捕まって」
人魚は浜辺に腰掛けると少年の手を自身の肩に導いた。
海の中は快適とは言えなかった。何度も溺れそうになったし、寝るたびに陸に上がらなければならなかった。でも次第に泳ぎを覚え、人魚と同じとまではいかないが助けてもらいながら、長い時間泳ぐことが出来た。飲み水の問題はあったが、何故か人魚と同じ食べ物を口にしていくうちに、喉が乾かなくなった。
一日、一日、過ごしていくうちに、自分の醜い半身が、魚の尾のようになっていくのを感じた。少年は世界の広さを知り、自分が大好きになった。色とりどりの珊瑚礁や見たことの無い魚達、時には遠くの沖から人間の街並みを眺めることもあった。
月明かりに照らされながら、人魚は少年にいった。
「ねぇ、私と友達になってよかったでしょ?」
少年は水面に揺らぐ月をみながら答える。
「うん、感謝している。ありがとう、でも……」
「でも??」
「つぎは恋人になりたい」
少年はそう言って人魚の手を取った。
―――「海と砂浜とイルカ」 牡丹さまより