赤い星に願うな

「赤色の流れ星に、願い事をしてはいけない」

 その話を教えてくれたのは、家庭教師の先生だった。私がどうして?と聞くと「願えば絶対に叶えてくれるから」だと話してくれた。
 願いを叶えてくれるのに、どうして願ってはいけないのか。私はまた、どうして?と先生に質問する。当時の私は不思議で仕方がなかった。よく見る青い流れ星は、大して役に立たないのに。

「どんな願いだとしても、必ず叶えてくれるというのは恐ろしいことなの。あれは、手段を問わないから……」

 先生は何か、願ったことがあるんだろうか。先生はそれ以上、何も教えてくれなかった。
 しんとした空気が嫌で、私は思わずテレビをつける。ニュースは世界の凶悪犯罪特集、なんてものが取り上げられていた。
 犯罪に手を染めるくらいなら、この人達も赤い流れ星を探すべきだったんだ。そうは思わない?と、先生をちらりと見ても、教科書をじっと見たままちっとも動かなかった。

 本当に叶えたい願いなら、どんな手を使ってでも叶えたいものだと思う。少なくとも、あの頃より大きくなった私は、赤い流れ星に叶えてほしい願いがあった。

「アカネ、私、大学行くの辞めるわ」
「えっ……なんで?」
「彼氏できたのよ、一緒に暮らしたいし、なにより」

 小学校からずっと一緒だった親友が、そんなことを言いだしたのは、高校3年生の冬頃だった。中学も高校も一緒で、彼女と同じ大学に行くのも私にとっては当然のことだと思い込んでいた。けれど、そう思っていたのは私だけで、どうやら彼女にとっては違ったらしい。

 苦手な英語だって、彼女と進学するために頑張ったし、勉強会を開いて彼女のテスト勉強を手伝ったりもした。頑張った分だけ、彼女も喜んでくれたから、そうすることが私の中で、当たり前だった。

「……なにより、勉強とかずっとダルかったのよね。アカネ、ずーっと私に頑張れ頑張れって、うるさかったし。勉強できる子はいいよねー」
「そんな、こと」
「それにさ、あんたが私にべったりくっついてくるの、煩わしかったの。いい加減、自立しなさいよねー」

 そう言い渡された瞬間、私の中でぱちんと何かが弾けた。そのまま、身体から空気が抜けていくようにすうっと、芯が冷たくなって上手く息ができなくなる。いつから、そんな風に思われていたんだろう。彼女のためにと頑張ってきたことは、彼女にとってはただ、煩わしいものだったらしい。

 楽しみだった大学生活も、彼女がいない穴は大きかった。どこで誰と、どんな話をしていても、彼女がいてくれたらと願うばかりで上手くいかなかった。自分ばかりが楽しい思いをしてはいけないと、心が私を制止した。
 なにより、誰かに話しかけたり、関わろうとしたりするほど、それはその誰かにとっても、煩わしいものになるのではないか。そう思うと、やはりまた息も上手く吸えなくなってしまう。

「そうして、友達に依存して捨てられた、情けない引きこもりのできあがりー、ってね」

 よれた部屋着のまま、ベランダで夜空を眺める。どうしてこうなってしまったのだろう。彼女の言うとおり、依存して、自分の力で道を歩いてこなかったせいだろうか。私は今までどうやって、人と関わって生きてきただろう?もう、そんなことも思い出せない。

 今日は流星群が見られると、朝からニュースで盛り上がっていた。時折、青く小さな光が溢れていくのが確かに見える。何か願えば良いのに、と思いながらも、何も出てこない。
 引きこもりを卒業できますように?彼女ともう一度、仲直りできますように?どれも叶ったところで、その先の幸せが見えない。文字通り、お先真っ暗だ。

「ならもう、いっそ……」

 口から出そうになった言葉を、つい飲み込む。
 迂闊に言葉に出して、流れ星に聞かれては困る。中途半端に背中を押されるのだけは、勘弁してほしい。

 ぬるくなったカフェオレを飲みつつ、外のひんやりした空気を鼻から吸い込む。あれからもう1年も経ってしまったのか。1年もの間、私は何をしていたんだろう。振り返っても、あれからちっとも前に進めていないことだけはわかる。

 空を見上げ、眩しい月を眺める。こんなにも綺麗な星空なのに、ちっとも気は晴れない。コーヒーにたっぷりとミルクを注いだように、私の目も濁ってしまったのだろう。袖口で目元を拭い、ため息をついたそのときだった。

 カフェオレの水面が、赤く照らされた。
 一瞬の、目の冴える赤。何か警告を知らせるサイレンの光かと、もう一度私は顔をあげた。すると、月を横断するように、赤い一線がそこにはあった。

「赤色の、流れ星」

 どくっと、全身の血流が反対になってしまいそうなほどに心臓が高鳴った。
 その勢いで、さっきまで濁っていたはずの、心にくすぶっていた私の願いが、つい唇から溢れてしまった。

「……もう誰にも、裏切られませんように……!」

 ぎゅっと目を閉じ、両手でマグカップを握りしめながら私は、願ってしまった。
 おそるおそる目を開けても、そこはいつものベランダだったし、赤色の流れ星は見えなくなっていた。夢でも見ただろうか、それとも、見間違いだったかもしれない。そう思って、私は部屋へと戻る。
 ずーんと身体が重くなっていったので、そのままベッドに寝転がった。私の記憶はそこで、途切れている。

「……で、気がつけばここにいた、と」
「そう、です」

 次に私が目を覚ましたのは、見慣れない浜辺だった。正面は穏やかな海、後ろは、切り立った崖と森。まだ夢を見ているのかと、古典的だが自分の頬をつねってみた。
 心地よい波の音に目を覚ましたのは、丸一日経った真夜中なのか。それとも、数十分だけの仮眠だったのか。そんなことさえ、私には知る術もなかった。

 ここはどこなのか、何故こんなところに私はいるのか。
 初めこそ混乱していたが、見上げればそこには流星群。だんだん、夜風に頭が冷えてくると共に理解し始めてしまった。これがあの、赤い流れ星に願った末路なのだと。

「つまり“もう誰にも、裏切られないこと”を願ったために、赤い流れ星に“裏切る人さえいない”この孤島に連れてこられたのだろう、と」
「はい……まあ、色々と誤算でしたけど」
「そうだね、裏切る人なんて、いないはずだったのにね」

 どんな手段を使ってでも叶えられるとは、こういうことなのだろう。赤い流れ星に願ってはいけないと、あの日の先生が戒めのように教えてくれていたことが、身に染みて分かった。
 裏切る人さえ現れない、という叶え方は確かに誤算だったが、誰にも裏切られるはずのないこの孤島で、人に会えてしまったことも誤算だった。適当に島の食料を探して、見つかれば生き延びられる、ダメなら野垂れ死に。そう、腹をくくった直後のことだ。

 森に入ろうとした瞬間、がさがさと音を立てて茂みの合間から出てきた何かと出くわした。てっきりクマの類いかと思って、さすがに野垂れ死ぬ方がマシではないかと怯えただが、出てきたのはただの男性だった。
 人間だったことにほっとした私に、男性はしばらく無反応だった。あの……?と声を掛けようとして、ようやく彼はこう問いかけてきた。

「あんた、俺のこと知らないの?」
「どういう意味ですか?それ」

 自分から振っておきながら、私の問いにすぐ、その質問は取り下げられてしまった。
 男性は、ここへ旅行に来たのだと話していた。小さな船と、しっかりした荷物を持って、こんな誰もいない、観光できそうなものもない、ただの無人島へ……?

「……珍しい動物の、生態調査とかでもなく?」
「まあ、そういうのでもいいんだけどね」

 曖昧な返答に、彼は嘘が下手なんだとよくわかった。
 たぶん、彼も赤い流れ星のせいで、この孤島にたどり着いたのだろう。何を願ったのかはわからないけれど。なにせ、赤い流れ星の話をすると、随分とスムーズに話が進んだ。彼の船へと案内され、彼は私の身の上話を妙に納得したような顔で聞いてくれた。

 疑うどころか、彼はすぐに「力になる」と宣言してくれた。これも赤い流れ星のおかげなんだろうかと、複雑な気持ちになる。そんな私とは対照的に彼は、赤い流れ星への願い事を、無かったことにする手段さえ教えてくれた。

「……なんで、そんな親切にしてくれるんですか?」
「え、ああ。実はね、俺も願い事を帳消しにしたいからだよ。君のおかげで、それが叶いそうだから」
「あなたも、何か願ったんですか?」
「んー……聞かないでいてくれると、俺としては助かるね」

 予想は当たったが、そう言って彼は、自分の願いごとについてははぐらかしてしまった。
 彼の話によれば、願い事をなかったことにするには、赤い流れ星に「嘘つき!」と3回唱えると良いそうだ。

「それだけ……?」
「そう。ただし、願いが叶ってなかったぞって、事実が必要なんだけど」
「事実……?」
「例えば、君が俺に裏切られたら、願いは叶わなかったことになるだろう?」

 つまり、私は彼に、裏切られる必要があるわけだ。

「ひょっとして、私を裏切って自分一人だけで帰るつもり、とかは、ないですよね?」
「2人とも、ちゃんと帰れるよ。大丈夫」

 そう笑って答えてくれた彼の顔を、私はようやくまともに見れた。目尻にシワを寄せて笑う彼は、年齢よりずっとやつれている様子だった。
 よく見れば服もボロボロで、私よりずっと長い間、ここにいたのかもしれない。私よりずっとここで苦労をして、一刻も早く帰りたいと願っているんじゃないか。その証拠に、私と話しているときでさえ、あの赤色を探して、夜空からちっとも目を離したりしない。

「……?あなたは船があるんだから、流れ星がなくても帰れるんじゃ……?」
「そうも、行かないんだよ。俺は」

 その先は、上手く聞けなかった。昔好きだった、家庭教師の先生を思い出した。
 長いこと引きこもっていたせいか、人と話す方法さえ私は忘れてしまったらしく、時折喉が引きつった。そんな下手くそな私の話を、じっと待って彼は聞いてくれる。視線だけは、こちらへ降りては来なかったけれど。
 もしかすると、赤い流れ星の願いはちゃんと叶っていて、この人は絶対に私を裏切らないでいてくれる人だったりしないだろうか。それなら、ここで私を助けてくれるのも納得がいく。むしろ、そうであってほしかった。
 けれど彼は、赤い流れ星の願いを破棄したがっている。そして、私も同様にそれを願っていると、信じているらしい。私は……どうしたいん、だろう。
 私だってきっと、彼がなにか企んでいてくれた方が都合がいいはずなのに。

「それでも、怖い」

 ダメだと知っていながら、赤い流れ星に願うくらいには。
 私は、もう誰かに見捨てられるのが怖い。せっかく親切にしてくれた、はじめましての人にさえ裏切られて、私のことを切った友人のいるいつもの世界へ私は帰らなければならない。
 そう思うと、胸に何かつっかえるものがある。ずっとここで暮らすことになったって構わないから、この人が私を裏切らないでいてくれたら良いなと、心の内で願ってしまった。

 そんな願いを、流れ星たちは見抜いていたのだろう。一日に流れる星の数は、日に日に少なくなってきた。赤い流れ星も勿論、一度も見ていない。彼の船のそばで、彼の持ってきていた食料で今日も生き延びる。
 どう見ても自分の意思でこんなところへ来たであろう彼の、なかったことにしたい願いごととは、なんだったんだろう。

「やっぱり、気になるなぁ。お兄さんの願いごと」
「聞かない方がいい、ろくでもないものだったから」
「後悔してる?」
「してるよ」
「……」
「君だって早く帰りたいだろ?こんなおっさんと、二人きりの無人島なんて」
「……私は、」

 答えられなかった。
 お兄さんの願いがわからない以上、私がここにいたいと願うことさえ、彼の迷惑になってしまうんじゃないかと思えて怖くなった。彼は、それ以上は追求してこなかった。ただ、最初に会った頃のように、夜空にじっと目をこらしていた。

 焚き火のために、枝を拾いに行ってくると言って、私はその場から逃げ出した。これも、もう何度もしたことがある。いつも、どんな顔して戻れば良いんだろうって、悩んでるうちにもう暗いからと、彼が迎えに来てくれるのだ。

 お兄さんの願い事を叶えるには、きっと、私が必要。それだけが私の心の拠り所だった。私がいなくなったら、きっとお兄さんは帰れない。それだけで、私は彼に裏切られたりしないだろうと安心できた。
 赤い流れ星なんか、来なければ良いのに。

 足元の小さい枝を何本か拾って、そのうち、彼が来てくれないかと何度も後ろを振り返る。奥まったところまで来すぎたかと、来た道を少しだけ引き返す。

“赤い流れ星がきたら、俺が先に、嘘つきと唱えて帰る。そうしたら君は、俺に置いて行かれて、裏切られた子になる。そうしたらすぐ、君も唱えるんだぞ。”

 彼との約束を心で復唱しながら、どうあがいても不幸な自分の道を恨む。
 むしろ、赤い流れ星がきたら“二人で幸せになりたい”って願ってみるのはどうなんだろう?一つだけでもこれだけ強力なのに、二つも願ったら、罰が当たるだろうか?

 そんなことを考えながら、ぼんやりと空を見上げたときだった。世界が、真っ赤に染まった。
 月を切り裂くように、赤い一線が見える。赤い、流れ星だった。 

 気づくと同時に、後ろから「アカネ!」と叫ぶ彼が走ってくる。帰るぞ!と叫び、空を指さしながら彼は大きく口を開けて笑った。本当に嬉しそうな顔をしていたから、私は悲鳴を上げそうになる。
 だからつい、とっさのことだった。叫びそうな自分の口を塞ぐ代わりに、彼のその口を、私は両手で塞いでしまった。行かないで、という言葉は、流れ星に聞かせられなくて声には出せなかった。

 ぼろぼろと、涙が止まらなくなる。 彼の口元を押さえた手を、彼が掴んだ。

「あ、あぁあ、の、私……私、っ」
「……あのな、アカネ。俺の願い事はな、世界中の誰もに知られる、有名人になることだったんだ」
「……え?」
「そしたらな、世界的な大犯罪の真犯人、ってことにされちまって。もちろん濡れ衣なのに、世界中で顔と名前が知られちまった」
「……」

 先生との沈黙が気まずくて、ただじっと見つめていたあの日のテレビ画面を思い出す。
 SNSでも時折流れていた、犯罪者特集の顔写真。随分やつれているが、あの日見たあれは彼だった。

「なんで……話しちゃったの」
「やーっぱり知ってたか。赤い流れ星は強力だよなぁ。SNSじゃ今もずーっと流れてて、誰も俺のことを忘れてくれねぇんだ」
「言わなかったら、思い出さなかったのに……!なんで教えちゃったの!?」
「なんでかな……このままじゃ、またアカネが不幸になっちまうだろ?」
 どうして、この人は。
 こんなにぼろぼろなのに、人のために行動できるんだろう。それも、彼を疑って疑って、都合良く扱おうとした、私のような嫌なやつのために。私は、彼がようやく掴んだ、願いの叶う前の世界に帰れる唯一のチャンスだったのに。

「……っ、嘘つき!私のこと裏切って、私を帰すって約束したくせに!」
「ごめんな」
「嘘つき!自分が帰りたいって言ってたのも嘘だったの!?私が必要だって言ってたのも、嘘なの!?」
「……」
「私のことなんか、助ける必要なかったでしょ!この……っ、大嘘つき!」

 馬鹿みたいだ、と思った。彼も、私も。
 優しすぎて、馬鹿を見る彼はもちろん馬鹿だ。こんな底抜けに優しい人を疑った、私は一枚上手の馬鹿だ。こんな人を冤罪で覚え続けている、世界はもっと大馬鹿だ。

 泣いて喚いて、彼の胸を何度も叩いた。
 叫んでるうちに気を失っていたようで、気づけば私は自分の部屋のベランダにいた。見上げても月明かり、流星群はとうに終わっている。私はすっかり冷えた身体をさすり、部屋へと戻った。目元が酷く腫れて、頭が痛い。
 空のマグカップを机において、ベッドに腰掛ける。 静かになった頭はひどく冷静で、繰り返し、彼の寂しそうな顔を鮮明に思い出していた。

「なにしてんの、私……」
 私はあのとき、結果として嘘つきと何度も唱えてしまったけれど、彼の方は無事に帰れたんだろうか。たぶん、ダメだったんじゃないだろうか。
 彼はたぶん、まだ唱えていなかったと思う。唱える前に私に思い出させてしまったのだから、流れ星を嘘つき呼ばわりはできないはずだ。

 であれば、彼との約束は、私も叶わなかったのではないか。
 彼が先に帰ることで、私も裏切られたことが成立する算段だった。それどころか彼は、私に信じてもらうためにあんな話をする始末だ。……思い出すだけで、またじわりと涙が滲んでくる。それとも彼が約束を破ったことが、私を裏切ったことになるんだろうか。赤い流れ星の判定基準は、わからない。

「裏切りなんて、なんでもよかったんじゃん。私が、馬鹿なことをしなければ……」

 寂しそうな彼の顔と、その後ろの真っ赤な夜空を通り過ぎていく流星群。嘘つきと叫びながら、あの星々に私は強く願った。もう、裏切られても構わないから、私は二度と、この人を裏切りたくないと。置いていきたくない。何があっても絶対に、私はこの人を救ってみせると。

「それは願いというより、誓いみたいだね」
「かもしれないですね」

 よく見る青い流れ星は、大して役に立たない。
 そんなことは、私が一番よくわかっている。どれだけ自分を変えたいと願っても、星は私を変えてはくれない。自分を変えるのは、自分だけだから。

 泣き腫らした目であの日から、私は彼が話してくれた、彼の罪を濡れ衣たらしめる証拠をめいっぱいノートに書き出した。忘れないよう、些細なことさえ書き留めて、調べて補足しながら、必死で書いた。事細かな彼の行動と、事件との矛盾を探すためだ。
 調べれば、冤罪と知っているからか簡単にボロが出た。ただ、あまりにもその当時はピースが上手くハマりすぎて、誰も疑わなかっただけのこと。

 で、あれば。そのボロをつついて、真実を吐き出させれば良いだけのこと。
 当事者しか知らないような話を毎日、SNSに散々流して拡散を求めて回った。

 すべては、彼の濡れ衣を払拭するために。

「……というわけで、まあ、それなりには頑張りましたとも」
「それはそれは、人生の大恩人サマ。今日は思う存分、あなた様の好きなものを奢らせてくださいな」
「うむ、苦しゅうない」

 当然、一筋縄ではいかなかったけれど。それでもなんとか運良く、彼が世界中で知られる有名人だったおかげもあって、闇に葬られかけた事件は一気に真相解明へと進んでくれた。
 全てが自分の手柄、というわけではないが、諦めず努力した私の功績も今、彼の隣を歩けている現実に、少しは貢献していると思う。

「しっかし、あの赤い流れ星への願いを破棄せず、ハッピーエンドに持ってくとはね」
「愛の力ですかねぇ」
「……やめてくれ、お嬢さん。おっさんはもう警察のお世話になりたくねぇのよ」
「実感、こもってますね」

 願いは破棄されていない。そういうわけで今、彼は濡れ衣を着せられた悲劇の人として相変わらず有名人だ。
 そんな彼を人だまりの中から連れだし、目的のお店へと向かう。そこでもまた、彼は人に囲まれてしまうのだろうけど。

 今はそんな現実を、噛みしめていたい。




「赤い星に願うな」しいらりんさま